ようこそお越しいただきました。こうのいけスペースといいます→ここ。
いわゆるNPO活動としての拠点ということで、伊丹にも(尼崎でちょこっと活動やってまして)、というか、自らのこどもたちのいる街で、活動できれば・・・と言うか、少しでもこどもたちと一緒にいたい(ぜんぜん一緒に遊べない、この数年で・・・)と思いまして、2003年4月から、こちらをアジトにしています。
僕がやっていること→「地域生活支援事業(活動などとも言う)」と言いまして、主には「しょうがい者・児」といわれる(そもそも「しょうがい」ってなんだんねんってなところからお話しすることが必要かと思います)方の、と言っても( )内にも書いたように何をもって「しょうがい」とするのか、よくわかっていない→未だに・・・、で、よく言う言葉に「必要なモノ・コト(ニーズなどとも言う)」をやっちゃいましょう、、なんていう発想から、こんな活動が始まっています。始まりは1999年。2000年に介護保険が始まり、しょうがい者といわれる方々の「利用契約制度」が法制化した頃ということです。
で、話は、適当に飛びまくるのがいいかと思う→「いいかげん」という言葉が好きです。その昔(子どもの頃)、なんでも熱中してしまう(しかし飽きっぽいが)僕に、おかんが「ええ加減にしなさい」なんてことを言いはって、適当にサボっていると「いい加減なやっちゃ」といわれたり・・・、で、そんなことにけっこう「なんで?」と悩んでいたのを記憶しているのですが、そんなんやったら、「いいかげん」がええんちゃうのん?と最近は思えるようにもなった?、ような気がします。
ぜんぜん話は違いますが、好きな場所は「端」「角」「隅」・・・、大抵、なんかの会合などなどでも、そこにあたる場所にいないと落ち着かない(落ち着けない)、けっこうかなり気の弱い(自意識過剰とも言う)やっちゃです、。
して、なんで、今、こんなことを仕事にしているのか?を考えた時、とどのつまりはこんな仕事(というのはたぶんあんまりできる人がいない・・・ずーっと働きっぱなしの仕事→仕事とは捉えていないのですが・・)しかできない、もしくはできなかった、、とも言えるかな?と自答したりもします。
高卒の時・・・、そもそも普通校から、その当時、就職しようという人間も少なかったのですが、私、そのうちの1人だったんですが、学校(教師かな?)にお世話されるのが、嫌で(ほとんど高校にも行ってなかった・・・山や自転車に凝ってまして・・・放浪していました)、自ら就職活動を行ったのですが、そこでなんと31社(社というほどのところはほとんど受けていない・・・、実際には商店など)連続不採用・・・という目にあいまして、なかなか、かんなり落ち込んだのを覚えています。「よー、そんだけ、つづけて懲りずに面接行くなー」と、在日などといわれる方から言われたこともあるのですが、その連続31と、昨年6月の月間116人入浴介助(ひとりでです)は、ギネスに申請できないかしら?と思ったりしています。
まぁ、よーするに、「在日(朝鮮人などという)」であるが故に→そんな訳ない!と思いながら、実際に不採用していただいた会社に聞くと、そうであったり、で、ここでもけっこう落ち込んだウブな青年であったように記憶しています。
「在日」であるがゆえに、、、なんてことは、話し出すと数限りなし、、なんですが、子どもの頃(小学校くらいかな)、やっぱり「なんで?」という思いはむちゃむちゃ強く、いろんなことをいろんな大人たちに聞いても答えらしきものは返ってこなかったように思います。
今でも、そうなんですが、「なんで?」という気持ちが、沸々と沸いてくるのが、この頃の経験からかしら?と思ったりするのですが、それも、よくわからない・・・です。。
して、ちょいと前まで(今は、ほとんどモノ・コトを考える余裕がなくって、)の自らの問いかけに「普通」というのがありまして、「普通ってなんじゃらほいっ?」ということしが永遠のテーマ(大げさですが)であったように(過去形なのは、ホントに今、余裕がない・・・です)思います。
今でこそ、ノーマライぜーションだとかいう言葉が使われていますが、未だに、「なにをもって普通というのか?」をもっともっと考えたいと思っています。
そんなんで、たとえば「国籍」であったり、または「しょうがい」であった場合、その普通とはなんなんやろうとよく考えたものです。
で、「しょうがい」とは、そこに(もしくはその人に)「在る(存在する)」のか?、もしくは「持つ(もしくは持っている)」ものか?、なんてことをまた、どこかで考えてみたい(多くの方と)と思ったりしています。
今、いろんな「権利」を考える時、僕自身は、自身の声(も当然必要・・・、そーゆー意味では、自らの権利についての活動は置き去りになっている、よくないヤツです)もさることながら、第三者(かな・・・、そもそも、権利を侵されている方にとっては、我々こそが、何をも変えられていない周辺市民ということで、加害者であるという認識を持っています)が、自らの声として、その権利の獲得に動くこと(活動すること)が必要かと思っています。
ひとつ、少数派といわれる「しょうがい児・者」といわれる方々の暮らしは、やっぱり無残なものです。
暮らし・教育・保障、、、どれをとっても、個々人にとっての権利というのは、ないがしろにされているといえるかと思います→具体例を話すと専門的でわかりにくいので割愛。
こういった事業(活動)をしているが故に、いろんなものが見えてくるのですが、そこにはやっぱり、権利法(あらゆる差別禁止法)が必要かと思います。
過去にみた施設・病院での凄さ(ひどさ)、今行っている事業における施策のあり方、そして市民といわれる周辺人間の恐ろしさ・・・を感じ得ぬにはいられません。
そして、苦しい暮らしのまま、であるとか、たった一つの小さな命が、時を重ねられず無くなっていく時間を共有してしまうと、より、いろんな思いが沸々と沸いてきます。
あらゆる差別の禁止、、、というよりも、全てが普通であってほしいと思ったりしています。
「フツー」をしっかり見つづけたいと思っています。 オチマイ。。。。